とある飛空士への追憶

とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫)

――シャルルにとって、空が宝物なのね。



ぐぁ……。
なにこの読後感。
久しく味わってなかった快い感覚。
読み終わって深呼吸を一つ。
本を閉じ見上げたリアルの空は抜けるように晴れ晴れで、脳裡の清々しさに拍車をかけてくるし。
なんていうか、ああ……俺も、空を翔びたい――。


とゆわけで『とある飛空士への追憶』。
購入からだいぶ経ってようやく読んだのは、単に今日が休日で、朝早く目覚めたから。
いいねぇ、休みの朝の読書は。
ましてやそれがこんなに素敵な本ならば言うことなしだ。


これは要するにロミジュリ的な、ひと夏、たった五日間だけの二人の旅。
片や良家の令嬢、それどころか半年後には皇国皇子との婚約を控えた少女。
片や貧民層の出で、地位も名誉も二の次な、ただ空を飛ぶことだけを望む青年。
そして青年に課せられた使命とは、少女を複座式飛空機に乗せ敵陣中央を単機翔破せよ、というものだった。


なんつーか、古き良き日のラノベを見た、って感じ。
至ってシンプルなんだけど、その分二人の心情やら情景描写やらの地の文が丁寧で、決して軽くはない。
もちろん作中数度描かれる空戦はきちんと熱い。
なにせ、ろくな武装を積んでいない水上偵察機で、最新鋭の敵戦闘機十数機を相手取る、というだけでもう既に熱い。
しかも背中合わせの複座には守るべき少女がいる――これで燃えなきゃ嘘だろってなくらいですよ!
読みながらにして気分は上空数千メートルの空の中。
澄んだ青を、流れる雲を、煌めく朝焼けを、降るような星空を、この身に浴びて飛べたらどんなにいいだろう。
あ、危ないっ、一時の方角から雲を裂いてゴリアテが現れたぞー!(違)


全部が全部ご都合主義で埋まらないのも吉。
なんていうか、最近のラノベラノベしたラノベとは一線を画してるよね。
そのへんがガガガ文庫の味なんだろうか。
ともあれ、安易安直なハッピーエンドに根を下ろさない流れは好ましい。
いや、決してハッピーを厭うわけじゃあなく。
潔さ、とでも言うのか。
黄金色の空で舞う餞のラストダンスまで読んで、思った。
本当は(オビにあるように)彼女を連れて世界の果てまで逃げた方が幸せだったかもしれない。
もしかしたら、二人それぞれがこの先歩まねばならないのは、苦難の人生でしかないのかもしれない。
けれど――間違いなく信じられたのだ。
たとえ二度と会える日が来なかったとしても、きっと二人は強く清く生きていくだろうことを。
一生忘れられない、この夏の記憶があれば。
そう、それは幼少期の青年が、かつて少女と接した一度きりの記憶を大切に抱くことで強く清く生きられたように。


まぁ長々と思考を垂れ流して書いたけど、まだまだ胸が疼いているから不思議。
ほんと、いい作品だわ。
で、いい作品を読むと決まって俺も書きたくなるから困る。
以前創作意欲が湧いたのは、さて、いつ頃だったかな――。


あ、若人はこの夏これを読んで読書感想文とか書くといい。マジおすすめ。