いざ生きめやも

風立ちぬ』観てきたー。
少年時代の二郎が、予告で流れていたとおり空を駆けるところから物語は始まる。
しゅっぽしゅっぽしゅっぽ……!
ぶるんぶるんぶるんぶるん……!
SEを全て人間の口で鳴らしてるって事前情報の所為で、駆動音に違和感を禁じ得ない。
でもその点に目を瞑れば、やはりジブリの浮遊感――独特の“風”を感じられる。
けどその数秒後、雲を破り現れた空中戦艦を目の当たりにして、思わず

   「まさかの駿トラップ! まさかのファンタジー路線!」

と叫びそうになるも、やはり夢オチでした。



要するに――飛行機の操縦に憧れつつも、コンプレックスでもある近眼のため、その道を諦め、代わりに飛行機を設計する道を志した男の物語。
彼の人生というには短いけども、最も輝き、最も熱く生きた時期を描いていく。



大学時代、関東大震災の折に訪れた運命の出逢い。
イタリア語でスカしたボーイミーツガールを演出しやがって、と思わせといて、必要な範囲で手を貸したら名乗りもせずに立ち去るなんて超イケメン。
おのれ庵野め、おまえになんか萌えてやらないんだからね!
んで大学へ行ってみれば、本庄なる学友というかライバルがいたりして。
これは薄い本が捗るはず……そうだな、タイトルは「俺の肉豆腐」で。
とかなんとか言ってると、ヒロインとのニアミス、そして妹の襲来。
にぃ兄様って、二郎だから、二兄様なのかな?
可愛くないのにじわじわくる、これがジブリガールマジック。
合間合間の夢で登場するカプローニ伯爵も、実にジブリチックなキャラクタよね。
メタというかバロン的というか……ともあれ淡々と年月を歩む物語に、一滴の刺激を落としてくれる。
現実としての整合性はまったくないし、夢だからそもそも必要ない。
ただ、二郎の指針として、彼の中に生きるコンパスの針。



んで、戦闘機を設計したり挫折したりする中で、ついに運命の人と再会するわけだけど。
このとき既に上映時間の半分くらい過ぎてるし、もはやお互いに少年少女ではなくなっている。
そして、彼女は結核を患っており――人生の幕引きが近い身だった。
しかし、そんなことお構いなしに二人はあれよあれよと惹かれ合い、婚約を果たし、二郎は仕事に復帰する。
彼女が喀血したと知れば東京まで弾丸往復するし、特高警察には目をつけられる。
二人で過ごした時間なんて、本当に少ない。
最期――サナトリウムを抜け出し、上司の黒川邸で挙式してからの数日くらいしか、蜜月と呼べる期間はなかっただろうに。
なんだろうなぁ……なんでこいつらが単純に幸せを謳歌できないのか、と悶えてしまう。



戦闘機の試験飛行がついに成功した瞬間。
菜穂子との別離の瞬間。
伯爵と最後の夢の中で話した時。
庵野の――堀越二郎の涙が流れた時。
もうだめ。
pseudoたん陥落た。
そして、妻を大事にしようと誓った。
決して病気を負っているわけではないけど、いつまで平穏でいられるかなんて誰にもわからないから。
自分を愛してくれて、自分が誰より愛する彼女は、本当に大切にしなくちゃいけない。



――つまり、飛行機乗りが『ラピュタ』のように冒険をすると期待するなかれ。
一人の男が、夢を抱き、恋をし、懸命に駆け抜けた10年の軌跡、ただそれだけだ。
だからこそ子供には難しいだろうし、面白さは伝わらないと思う。
同じように夢を打ち込み、それを現実として抱え、そして愛する人を得た後に観賞すれば――きっと沁みる、はず。
俺は、観て、よかった。
多くの三十代以降は、きっと、感動と呼べる何かを得て劇場を後にできる作品だったと思うのだ。



あと、全体的に俯瞰して、エゴに満ち満ちたドラマだなぁと感じた。
猫の地球儀』とか『スクライド』とか、そういう類の、夢やロマンの身勝手。
ただそれは二郎だけに言える話じゃなくて、菜穂子だってそう。
ベクトルが飛行機(仕事)か、運命の再会を果たした王子様との恋だったのかの違いってだけで。
今の時代そうやって身勝手に生きるのはなかなか難しいし、だからこそそんなドラマチックな生き方に憧れたりできる。
今回言えるのは、これまでのジブリ作品にはない勢いでそういうベクトルが顕著だなぁということ。
色恋沙汰一つとってもそう、後先のない大人のそれって感じ。
あー、挙式後に雨戸を黙々と閉めるシーンだけでドキドキさせられるとは思っていませんでした。
初夜じゃん! ジブリなのに! やるな駿!